はじめまして、東京デザインオフィスの牧野です。
この4月から、前任の岡田にかわって、マネージャー兼デザイナーとしてここで仕事をすることに
なりました。どうぞ宜しくお願いします。はじめなので、簡単に自己紹介をさせていただきますと、
1984年の入社で、入社以来ずっと設計士をしています。以外かと思われるかもしれませんが、
工事や技術スタッフを経験せず、28年間、設計士だけというのもヘーベルハウスでは、結構、
珍しいんです。静岡県の浜松市、東京の西と東でそれぞれだいたい9年づつ、沢山の住宅の
設計に携わってきました。東京デザインオフィスは、その中でも、特にお客様と設計者の距離が
近く、お互いに納得いくまで、コミニュケーションをとって、じっくり、いい住宅をつくっているとこ
ろで、大変な分、やりがいも大きいと感じています。いままでの経験を活かして、いい住まい創り
のお手伝いが出来ればと思っています。
さて、ここの流儀にしたがって、デザイナーもブログをということなので、なれない分野なのです
が、少しづつ情報を発信していきたいと思います。建築デザイナーには、ウイットに富んだ文章
を書く方が以外に多いでんすが、私は全く苦手で、文章よりは絵を描いたほうが、よほど
何かを伝えられるようです。
はじめてのブログの題材を何にしたらいいのか、ここ数日悩んでいたのですが、まだ、肩に力が
入っていて、よそいきな話題だと、自滅しそうなので、純粋に自分のすきなこと、プラス、建築に
も関係があるということで、奈良の古刹のはなしからはじめたいと思います。
奈良の古刹には、とても原初的な、不思議な魅力を感じています。中でも、特に好きなのが
天平の甍で有名な、唐招提寺の金堂 です。結構ベタな感じがするかもしれませんが、
南大門をくぐったところから見た金堂は、自分にとっては、世界中の他のどの建物よりも美しく、
何時間でも見ていられる、特別な存在です。
建築に携わるものの端くれとしては、この美しさを、全体のプロポーションが・・とか、軒の反り
が・・・とか、列中の間隔が・・・などと理論武装して、和辻哲郎のように説明できなければ、と
いう思いも少しはあるのですが、この建物を直に見ると、そんな思いも吹っ飛んでしまう、まさに
言葉にならない美しさを感じます。唐招提寺金堂には、実は、謎も多く、平成の大修理(2000年
からおよそ10年をかけて、一旦全て解体した後、再度補強を加えつつ組み立て直した)
で、創建時の地垂木の伐採年の調査結果から、ようやくその創建年が確定されたほどなのです。
好奇心をそそる、その神秘性も、この古刹の魅力なのかも知れません。平成の大修理では、実は
もう一つ大きな発見がありました。それは、この天平の甍をたたえる屋根の勾配が、創建時は、
もっとゆるやかだったというのです。調査の前から、寺には言い伝えがあって、鎌倉時代に屋根の
勾配を現在のようきつくしたというのです。ただ確証はありませんでした。それが、今回の調査で
創建時の地垂木の加工跡から、当時は今よりもづっと勾配が緩かったということが判明。さらに
釘穴の調査から勾配がかえられたのは、鎌倉ではなく、江戸時代、元禄の修理の時だということ
もわかりました。この屋根勾配の話、私は少し複雑なおもいで聞きました。完璧と感じていた
プロポーションが、実は創建時のオリジナルのものではないというのです。自分で絵を書いてみて
創建時の金堂を確かめてみる、現在とどちらが美しいのか・・・・・・・。不思議な感覚です。
話が大分、よこにそれてきました。みんな帰ってしまい、誰もいなくなってしまいました。
このはなしをしだすと、朝まであっても足りません・・・・。今回はこの辺で終わりにします。
プロフィールにも書きましたが、「機能と美しさと居心地」、いい住まいを創れるよう、デザイン
オフィスのメンバーとがんばっていきますので、これから、どうぞよろしくお願いします。