【ヘイルメリー2019年6月号掲載】
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第14回」
借景 桜並木に建つ住宅
桜が咲いているわずか一週間前後の期間は、卒業や入学という人生の節目に当たる時期と重なることもあり、日本人にとって非常に特別な期間であり、桜が咲くということの意味は単にいっせいにきれいに花が咲くという以上の意味があるのだと思います。この時期になるとTVでも連日靖国神社の桜がやっと咲き始めたとか、せっかく咲いたのにまさかの雪と一喜一憂し、国の一大イベントにさえなっています。インスタグラムもまさに桜一色になっています。
満開の桜の花びらがひらひらと舞っている何とも表現のしようが無いくらい美しくも儚い景色を自分の日常に取り込めたら、自分の領域である住いから直接眺めていることができたらどんなにすばらしいか、と誰でも一度くらい考えたことはあるのではないでしょうか。
桜の樹を残すとか桜の見える場所に住宅をつくるというのは特別な話でもなく、大昔の一級建築士の実技の試験課題だと思うのですが、学生のとき即日設計の課題でそんなのをやらされた記憶もあります。
今回紹介させてもらうのは、たまたま桜並木沿いに敷地があったというわけではなく、桜が見える家をつくるための土地を捜し求め、ついに終の棲家として建てる家にふさわしい土地を手に入れ、そこに建てた住宅の話です。
室内からどうやって桜を愛でるのかが、イコール住宅のコンセプトにもなるわけです。ふつう桜は下から見上げるもので高い位置から桜の上のほうを真横に見るのはちょっと非日常感があり、そもそも一年の中のわずか一週間というそれ自体が非日常の期間であればなおさら、非日常の時間と場所を自分だけのものにするというのはとても贅沢な気持ちを味わえると思いました。そこで、当然玄関は一階にあるので、全巾を桜と対面させるためにメインの空間は二階に設けています。
一番開放的に室内と外部をつなげるには、床までの掃き出し窓をテラスは設けず直接外部とつなげてしまうやり方です。こうすると投げ出されたような感覚で本当に室内にいるのに外にいるかのような感覚を覚えるのですが、この桜は庭の樹ではなく、あくまで街路樹なので、この方法をとるとあまりにオープンすぎてしまい、日常的には住宅として機能しなくなってしまいます。そこで、室内と桜並木のインターフェイスとして、ウッドデッキを張ったテラスと透明ガラスの手すり、その外側に視線をコントロールできる可動式のアルミルーバーを設け、更にレースのカーテンを差込みました。桜のある景色はテラスに出れば直接花びらを触れるくらい近くにあり、実際に花びらがテラスにも舞い落ちるが、いくつかのフィルターを通し桜の景色を窓とカーテンで縁取り、演劇ステージの背景の絵であるかのような見え方、まさに借景として室内に取り込むようにしています。
最近は都内の桜の樹も老化の激しいところが増え、この桜並木も他人事でなく少し元気が無くなっています。うまく少しずつ若い樹と入れ替わり、この窓から花びらの舞う美しい景色をいつまでも見せてくれればと思います。
リビングにおいてあるピアノに、屋外で咲き誇った桜がみごとに移りこんでいるシーン。まるで桜が湖面に写し出されたような一葉だ。