【ヘイルメリー2019年10月号掲載】
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第17回」
ウッドデッキの話 その1
中間領域という言葉があります。いつごろからこの言葉を使い始めたのか、そもそもいつどこで覚えた概念なのか、黒川紀章がどこかで書いていたものを読んだのか、もう良く分からないのですが、日本には普通にあった考え方なので、自然に体に染み付いているのか、この仕事を始めてから今までずっと引きずり続けている言葉であることは間違いありません。
室内と屋外を如何に連続させるか、内と外を区別せず等価に考えていくかという考え方は住宅を設計する上で今でも大きなテーマであり、それがうまく計画できれば設計の8割くらいはうまくいっていると考えているくらいです。
中間領域の魅力みたいな話をするときに必ず付いて廻る、深い軒下からの床と天井に反射しながら奥まで入っていく光とか、畳に寝転がりながら感じる、すっと抜けていく風の気持ちのよさみたいな話ではなく、今回は、単純に仕上げ材の話をしていきたいと思います。
無条件に気持ちよさそうと思ってしまう物のひとつがウッドデッキです。外なのに床が木であるというだけで、なんとなく興奮してしまいます。
学生のときにおそらくサンフランシスコのフィッシャーマンズワーフのボードウォークと思われるスライドを見せられ、アメリカにはこんなところがあるのか、いつか行ってみたいと思っていた気がします。
要するに室内ですることを外でしたり、室内で使う素材を外で使うということに魅力というか贅沢さを感じてしまうわけです。ただしここから先が問題で、外は雨が降れば濡れてしまうし、濡れたものは劣化が進み、すぐにだめになるわけです。当然屋外では布や木は使いにくいのは当たり前なのですが、思えばこの当たり前の話をいかに当たり前でなくすかと言うことを、もう20年近くやり続けているような気がします。
このの写真は2005年ころ設計していた、今はもう無い瀬田展示場の写真です。東京デザインオフィスがまだ渋谷デザインオフィスと名乗っていたころの計画ですが、今にして思えば当時この計画で考えていたことと、いまやっていることは大して変わらず、悪く言えばあまり成長していないし、よく言えば当時考えていたロングライフデザインは真にロングライフであったことの証明なのかも知れません。
ただし素材はうそをつかないと言うか、とても気持ちが良い空間を担保していた床のデッキ材は数年で朽ち、硬い木のベンチではなく、外でもやわらかいソファーに座っていたいと思って計画したクッションは雨のときは必ず中にしまう必要がありました。
このウッドデッキは、今ではあまり見かけなくなった厚みが5センチくらいもある松のデッキ材で、柔らかくてとても気持ちが良かったのですが、数年でだめになってしまい、ロングライフとは程遠い材料でした。その後なにか良い材料は無いかと探し続けて現在に至るわけですが、今はほぼこれでOKと思える材料にようやくたどり着くことができたと思っています。そのあたりの経緯をまた紹介していきたいと思います。(12月号につづく)
*新宿にあるTOKYO DESIGN OFFICEのプレゼンテーションルームには、TDOの作品集を保管しており、今回話題にのぼった瀬田展示場の写真もファイルされています。