へーベルハウス東京デザインオフィスのマツオです。
ヘイルメリーマガジンで連載中の荒川のエッセイも、20回を超えました。2018年の5月号からスタートしていますので、期間としては何と丸2年になります。まさかこんなに長く続くとは・・・。今回からテーマは「地下室」です。
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【ヘイルメリーマガジン 2020年6月号掲載】
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第21回」
地下室を作る その1
もうずいぶん昔の話ですが、私が設計を始めたころは、地下に住宅の居室を作ってはいけないことになっていました。
それでも、あくまで納戸であって居室ではない、という形で作っていました。そんな状態なので、世の中にはお手本となるような実例も、住宅レベルの設計資料もどこにもありませんでした。法律で禁止しているのですから、あるはずもないのですが。
そんな中、平成元年に地下に居室を作る基準を示した法律が施行され、住宅でも地下室を作ることができるようになりました。その5年後には土地を有効活用するために地下室は延べ面積の1/3まで容積率から除外してよいことになりました。どういうことかというと、容積制限が100%の40坪の土地には40坪以上の建物は建てられないのですが、地下室をつくれば60坪の建物が建てられるようになったわけです。
二つの法律の間の5年間は助走期間で、意図としては、この間にノウハウをためてください、ということだった気がします。ここから一気に地下室の相談が増えていきました。今住んでいる土地に住み続けたいけど、もっと大きな家が欲しいとか、スタジオやAVルームが欲しいという人にはとてもありがたい法改正でした。
地下室の大きなメリットの一つに音が漏れにくいということがあります。地下の躯体は、普通コンクリートですが、昔は潜水艦みたいなスチールのパネルを組み立てる構法を得意にしている会社もありました。防水など有利な面もあったと思いますが、その上には建物が載るので、強度などを考えるとやはり在来の鉄筋コンクリートで計画する方が安全です。
ヘーベルハウスにも昔、特殊な構法の地下室がありました。PCパネルで地中にコンクリートの箱を作り、その中に地下から連続して鉄骨の躯体を建てていくという物でした。アイデアは非常に面白かったのですが、プランの制約が大きかったり、用途に制限があったり、認定構法として仕組みを維持していくのが大変な割に需要がなかったので、残念ながらなくなってしまいました。
ちょっと脱線したので、防音の話に戻りますが、地下室にはコンクリートの躯体の外にさらに土がある、これは重くて振動しないので音は伝わりにくいということです。それだけで非常に高性能な防音室ができるということになります。地上で防音室を作ると防音工事にかなり大きな費用が掛かってしまうので、地下に作ることで、防音のために掛かるコストを省略できるというメリットもあります。防音ということだけでなく、秘密基地のように地下に降りていくというだけでなんとなくワクワクしますが、ここにはコストの問題が立ちふさがります。地上部分の建設費に比べ、地下の建設費は、地上の倍を覚悟する必要があります。
なぜ地下室の工事費はそんなに高くなってしまうのかというと、地下を作るには当然大きな穴を掘る必要があり、安全に穴を掘るには周りの土が崩れないように土を保護しないといけません。また掘った土を捨てることに、実は一番コストが掛かっているのです。ちょっとばかばかしい話ですが、仕方がないのです。
いずれにしても地下室には大きな費用が掛かるので、地価が安いところであれば、地下室などを作るより、土地を広げて大きな家を建てた方が安いという現象が起きてしまいます。それで地下室が実際に作られているのは地価が高い都心部に集中している気がします。費用対効果に有効な場合、意味のある手段となる地下室ですが、地下という空間の性格がよくわかっていないまま、安易に設計してしまうとあとで大きな問題を起こしてしまうことがあります。次回は、そんな地下室の設計で注意しなければならないことを中心に書いていきたいと思います。