ヘイルメリーマガジン 2021年5月号掲載
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第26回」
照明のこと
日本の住宅の照明計画は日進月歩といいたいところですが、そう順風満帆に進んできたというわけでもなかったように思います。昔といっても私が子供だった昭和40年代くらいは、まだよほどの豪邸でもない限り部屋の中央に天井から裸電球がぶら下がっているだけというような家もけっこうあった気がします。
自分が住んでいた家は6帖のリビングの天井に曇りガラスのセードが付いたペンダントがぶら下がっていました。たぶん当時はメインの光源は白熱球だったので天井の中央に直付けするシーリングライトより、ぶら下げるペンダントのほうが器具としては普通だったのかもしれません。部屋の隅にはスタンドもあった気もします。
今思うと光源は白熱球、天井からペンダント、部屋の隅にはスタンドというのは悪くないと思うのですが、単にまだ蛍光灯のサークラインが一般的でなく、シーリングライトという概念が浸透していなかっただけだったのこともしれません。やはりその時代の技術力がデザインを変えてしまうようです。
その部屋は確か6帖だったと思います。暖房は石油ストーブで決して安全ではなくおまけに臭うわけですが、すぐ近くに本物の火が燃えていることは、ある意味贅沢だった気もします。ストーブの上で銀杏を焼いて食べていた記憶もあります。部屋の中央に食卓、加えてソファ、ピアノ、テレビとライティングデスクがあったはずなのですが、それだけのものをいったいどうやって6帖の部屋にレイアウトしていたのか、今考えるととても不思議です。
祖父が房州館山の出身で、洲崎というところに別荘(といえば聞こえはいいですが、昔よくあったセメント瓦の乗った下見板張りの安普請の平屋の住宅)を所有しており、夏休みの間従弟たちの家族がかわるがわるそこに出かけていました。その家の茶の間はまさに天井からぶら下がったコンセントが付いた裸電球一発みたいな部屋で、決して豊かな光の環境というわけではなかったのですが、それはそれで今見てもそんなに嫌な空間ではなかった気もします。
むしろそんな時代から20年近くが経過し、私が住宅の設計をし始めた昭和60年代を思い返すと、光の環境は全く良くなっていなかったどころか、悪い方向へ進んでいたような気がします。
当時は私自身も照明計画と設計は別物くらいに考えていたので、照明の環境を評価する目を持っているわけもなく、計画の良し悪しは自分には何の責任もないくらいに思っていました。世の中全般的にも住宅の照明の計画などはどうでもよいことで、公共建築や商業系の建物に比べると計画はかなり大雑把であった気がします。
当時部屋の中央にシーリングライト、四隅にはダウンライトという計画がほとんどで、いかに部屋の隅々まで明るくするかというのが一番の課題で、ちょっと暗そうな場所があればダウンライトを追加しましょう、というような時代でした。結果天井にはダウンライトが点々と散らばり、高級な設備の代名詞のような天井埋め込みのエアコンも合わせ、天井は大変賑やかな状態になっていました。ダウンライトの径も今より大きく、まだグレアもあまり気にされていなかった時代でしたが、眩しくないわけはなく決して褒められた状況にはなっていませんでした。
住宅展示場には間接照明も計画されてはいましたが、当時はシームレスの蛍光管での計画だったので計画も今より難しく、コーニスとかコーブという言葉の使い分けもできていなかった時代でした。照明器具メーカーの研修で、間接照明のコーブの寸法の話やグレアをいかに無くすかというような話を聞いてお客様に提案しても、「暗いからダメだ」と一蹴されそれに抗ってまで無理に計画してもいいことはないので、天井にダウンライトをたくさん散りばめて星空のようにしていたことも多かったかもしれません。展示場でも営業担当から照明が暗いから器具を増やしてほしいという要望に、暗く感じるのは壁や床の仕上げの色が濃すぎて光が戻らないことが原因なのですが、やみくもにダウンライトを追加しわけのわからないことになっていました。
そんなころ、ダイコー電機の高木さんという照明デザイナーの方がいろいろな住宅メーカーでセミナーを開き、「どこ照らしとんねん」という名台詞で展示場の照明計画を伐りまくり、いかに当時の住宅メーカーの照明計画がだめか、天井をいかにきれいにしないとだめかというような話を力説されていました。
私もこのころやっと照明の計画は窓の設計とやっていることは同じで、ここをはじめから考えていかないとまともな計画にはならないということにようやく気が付きました。そんな話と並行してLEDが世の中に認知され、価格も安くなり、それはもうあっという間に照明器具ひいては計画の仕方までガラッと変えていきました。
ダウンライトで平面照度を補ったペンダントとスタンドで計画した空間。器具はすべてルイスポールセン。光源は全く見えないようにデザインされている
床の間の照明とスタンドを使った重心の低い照明計画
吹き抜けのペンダントと家具の間接照明、外部のペンダントで構成した照明計画