ヘイルメリーマガジン 2021年9月号掲載
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第28回」
緑のこと
住宅を設計する中で無視できない大きなテーマの一つが、「緑のこと」です。
建築家の安藤忠雄さんが講演の中で「デザインに自信のない人は樹を植えなさい」という話をよくされていたのが強く印象に残っています。確か安藤さんが設計の仕事を始めたころ、事務所の所長さんがそういうことを言われていた、という話だったと思います。
最近、「外観をどうにかしたいのですが知恵を貸してください」という相談をよく受けますが、プランも出来上がっている状態で、多少の修正はできたとしても、"外装にちょっと手を加えただけで見違えるようになる"そんな虫のいい話がそもそもあるわけもなく、そんなときにはこの話を思い出して「形はもうこれでいいからここに樹を植えましょう」という話をよくします。
例えばフランク・ロイド・ライトの自邸はシカゴのオークパークにあって、大きなオークの街路樹に囲まれた緑豊かな敷地の中に佇んでいるという様相です。もちろん建物単独で見てもきれいな形をしているのですが、それ以上にたくさんの樹の自然な形の中に人工的なものがポンと放り込まれたようになっていることで、安藤さんの言葉通り、それだけでもきれいに見えるというのは間違いない気がします。
*アーネスト・ヘミングウェイの生誕地としても知られるシカゴ郊外のオークパークに建つフランク・ロイド・ライトの自邸。
もうずいぶん昔の話ですが、ボリュームのバランスもそれぞれのブロックのプロポーションも窓の大きさも位置も色もバラバラで決して褒められたような形ではないヘーベルハウスを、建物のみ切り取って森の中にモンタージュしてみたことがあります。不思議なことに単体で見ると目を覆うような建物が、森のなかに置いただけで全体がきれいに調和のとれた形に見えるのです。
学生の頃の課題で、確か新宿中央公園の中に美術館を作るという課題だったと記憶していますが、ファサードのプレゼンをしている時に建物の前に何本かの大きな欅の絵を画きこむと、何となく建物そのものもきれいに見えるようになるなと感じたのを思い出します。そんなことも無意識のうちに頭の中のどこかにずっとへばりついていたのだと思います。今でも新しく家の設計を始めるときには街路樹など既存の樹木でうまく取り込めそうなものはないか、このあたりには大きな樹を植えられそうだな、というようなことを絶えず考えながら計画しています。
例えばこの写真の住宅は、建物が面している道路の街路樹が割と大きなハナミズキでこの背景に建物が佇んでいるようなイメージをもって計画していました。
*ハナミズキの街路樹沿いに建つ、荒川設計のヘーベルハウス。季節ごとに様々な顔を見せる緑とモダンなデザインの住宅との調和によって街の外観も彩られる
このように運よく街路樹や公園が近くにある場合には、まずはそれをうまく計画の中に取り込んでいくことを考えます。頼りになるものがない場合は敷地の中に新たに樹を植えてそれを心地よさの元にしたりもするわけですが、なぜそんなことを考えるのか、そもそも人が緑を見た時に心地よいとか落ち着くと感じるのはなぜなのか。よくわかりませんが、たいていの人は木漏れ日の差し込む木の下に居たりすると落ち着きや居心地の良さを感じ、住宅という人工的なものを単独で見るよりは自然な形の樹木越しに見た方が美しいと感じることが多いのだと思います。
学生のころ、天空率とか圧迫感の研究にかかわっており、その中の大きなテーマの一つが圧迫感を緩和する緑の力というものでした。大きな3面のスクリーンに実際の街路の写真とそこに樹木をモンタージュした写真を映し出し、両方見てもらいその時の感じ方を比較するようなものでした。もう30年以上前の話でモンタージュといってもハサミで切りとった樹木をもとの街路に張りつけて写真に撮っただけの稚拙なものでしたが、それでも緑が人の感覚に与える効果のようなものは十分に実感できる結果になっていました。
しばらく住宅を作ることと緑の関係を、具体的な例を見ながら書いていきたいと思います。