ヘイルメリーマガジン 2021年11月号掲載
ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第29回」
緑のこと その2 <ファスティギアータ>
住宅をデザインするうえで緑が重要であるということは前回お話した通りです。しかし密集度の高い都市の敷地に大きな樹を植えるのは現実的には難しいことも多いのですが、そんな時に有効なのがファスティギアータです。
もともとはラテン語で直上というような意味らしいのですが、枝が横に広がらず、上に向かってのびる樹木がファスティギアータタイプと呼ばれているようです。したがって桜とかハナミズキというような樹の種類を指しているのではなく、あくまで樹形のタイプで横に広がらずに上に伸びるタイプの樹木をこう呼ぶようです。
もうずいぶん前のことになりますが、港区に東京一軒家と命名した住宅を設計しました。そこは住宅地と呼ぶにはあまりに密度が高く、都会のビル街の路地を一本入った場所でオフィスビル、高層マンション、小規模の商業ビルに囲まれていました。ビルとビルの間から昼の1時間だけ日が差すような場所で、そこに三階建ての住宅をどんな風に作ればいいのかを模索した計画でした。
営業やスタッフにこの計画のプレゼンをした時も、一体どこに魅力があるのと聞かれ、こんなことは滅多にないのですが、答えに困窮してしまい、一からアイデアを考え直す必要がありました。最終的には暗くても気持ちの良い家というコンセプトのもとに面白い家が完成したと思いますが、その時のアイデアの一つが、狭い土地でも植えられる背が高い樹を植えてそれを室内からも街路からも愛でるというものでした。当時付き合いの深かった造園業者さんにそんな樹ってありますかね、と相談したところ、ファスティギアータと呼んでいる種類の樹があるよと教えてくれました。普通に流通しているものの中ではアメリカハナナシという樹が山に何本か植えてあるというので早速見に行きました。千葉県の鹿野山、ちょうどマザー牧場の裏側になりますが、山全体が樹木の畑になっていて、そこに植えてある樹の中から一本のアメリカハナナシを選びました。
根鉢は90センチそこそこの大きさで、上部でもそのくらいの余裕しかない場所に1階は幹と上部の葉の部分を見上げるような形で、2階では浴室の窓から中間部分を、3階のリビングからは樹の頂部を見るような形で小さなスペースに樹高8mはあろうかというアメリカハナナシを植えることができ、都市の殺伐とした街路と住宅内に潤いを生み出すことができました。このように背が高く、幅が広がらないという性質は都市型の住宅や都市の街路にはうってつけの形状です。
ファスティギアータとして知られている樹種はほかにもあります。普通のケヤキは横に広がり街路を覆い隠してしまうので、無造作に枝を落とし、そのあとに生えてくる枝が細くしなだれて、柳の枝のようになってしまっているのをよく見かけます。ちょっと残念な状態です。一方例えば旭化成ホームズの本社のある神保町の三井ビルの前にも植えてありますが(画像左)横に広がらず枝を上に向かって伸ばしているケヤキもたまに見かけます。山手通りの松濤のあたりのビルの前に植えられているケヤキはもっと顕著に上に伸びた形をしていますが、これはケヤキのファスティギアータで、武蔵野という種類のケヤキのようです。これなら住宅の敷地にももしかしたら植えられるかもとちょっと考えてしまうようなケヤキです。
もう一つ教えてくれたファスティギアータが天の川という桜です。虫や樹液の問題で桜をシンボルツリーや庭木として植えるということは滅多にないのですが、唯一この天の川というファスティギアータの桜をシンボルツリーとして植えたことがあります。紹介している写真(画像右)は花が咲く前のものですが、春には美しい八重の花がたくさん開きます。
都市型住宅の狭いスペースでも植えることができる樹の種類として住宅のデザインにも一役買ってくれる樹木としてファスティギアータという名前は覚えておいて損はないと思います。