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ヘイルメリーマガジン 2022年1月号掲載

ハウスデザイナーからの手紙　「住宅を作るということ 第30回」

緑のこと その3 ＜タブノキ＞

玄関回りにシンボルツリーを植えたり、中庭に樹木を植えたりすることに否定的な人はそう多くはないと思います。住宅を作る大きな目的の一つが居心地の良い空間の中に身を置き、豊かな生活を送ることだとすれば、そのよりどころを、疑似的に自然を感じられる緑の潤いに求めることはごく当たり前なことだと思います。ただしあくまで疑似的な自然で十分です。

ちょっと話はそれますが、潜在自然植生という考え方があります。人為的に誰も手を加えない状態である場所を放置した場合、時間とともにいろいろな植物が入れ替わり、どんどん状況が変わっていくのですが、最終的にはそこに一番ふさわしい植物が生い茂る森になるというような考え方のようです。

富士市の田子の浦に旭化成ホームズの研究所があるのですがその一角に「あさひ・いのちの森」と銘打った実験的に作った森があります。その初めの植林のときに私も苗木を植える作業に参加しました。もう14年の歳月が流れているので、ある程度森としての姿が見られるようになっています。

新幹線「新富士」駅からほど近くにある「あさひ・いのちの森」。2007年に旭化成ホームズ住宅総合技術研究所の創設にあたり、田子の浦の自然や里地、里山の再生とともに地域固有の生物を呼び戻し、生物多様性の保全を目指してスタート。旭化成富士支社の敷地内に作られた約1万㎡の広大な緑地だ。

このいのちの森も潜在自然植生の考え方に従った樹木の選定がされていました。関東エリアは放っておくとクスノキやスダジイといった常緑というかいわゆる神社の照葉樹といわれている肉厚の葉を持つ樹木で覆われるようになるらしいのですが、中でもタブノキという木が一番繁殖力旺盛で放っておくと東京中がタブノキで覆われるというような話を聞きました。そういうわけで、いのちの森にもタブノキはたくさん植樹しました。

自然という意味で人為的に手を加えられていない森というのは日本にはわずかしかないようです。日本の森は里山など人の手が入った森がほとんどで、国土の67％は森林なのですが、白神山地や知床原生林などの原生林といわれているものはわずか4％ということです。

ちょっと意味合いは違うのですが、人が手を入れていない森ということで明治神宮の森を思い出す人は多いのではないかと思います。１００年計画で基本的に人の手を入れない森を育てるという構想で作られたのが明治神宮の森で、その構想通りに森が形成されているようです。実は少しだけ想定よりも早いようですが。大鷹など本物の森でないと生存しないような生き物も住み着いているようで、原生林ではないのですがかなり自然に近い森が都心のど真ん中にあるのです。であれば例のタブノキもあるのではないかと思い、探してみたいと思いました。浜離宮には江戸時代からタブノキがあるというのは有名な話で、昔一緒に設計をしていたメンバーと浜離宮までタブノキを見に行ったこともあります。

明治神宮の森はやはり神社ということでクスノキをたくさん植樹したようで、ほぼクスノキだらけでしたが、やはりありました。タブノキです。ただこれが実生など自然発生的に育ったものなのか、初めに計画的に植林されたものなのかはわかりませんが確かにタブノキはありました。

明治神宮に生えていたタブノキ。クスノキ科の樹木で、樹高20m、胸高直径は1mほどにまで成長する。

そういう目で東京の住宅街を見回してみると、タブノキはもう少し生えていてもよさそうな気もしますが、実際にはほとんど見かけることがありません。古くて比較的敷地の大きな住宅にはスダジイやマテバシイという小さなどんぐりがなる木はよく見かける気がしますが、タブノキはやはり見かけることが少ない気がします。

タブノキ自体見ていてそれほど美しいと感じるわけでもなく、かなり大木になるということもあり、タブノキをシンボルツリーにしたいとか中庭に植えていつも眺めていたいという人はあまりいない気がします。やはりシンボルツリーや庭木にはイロハモミジとかヤマボウシ、アオダモのそれも株立ちという仕立てにした見た目に美しい樹木が好んで使われています。そのあたりの話はまた次にお話しできればと思います。今回は住宅の緑とはあまり関係ないのですが明治神宮とタブノキの話がしたいと思い、書かせていただきました。

目黒区で計画した住宅のイロハモミジのシンボルツリー。イロハモミジは和にも洋にもよく似合い、流行り廃りもなく、特に秋の紅葉が非常に美しい樹木。シンボルツリーとしても中庭等の庭木としても使いやす樹木の代表選手だ。