ヘイルメリーマガジン 2022年3月号掲載
荒川圭史/ハウスデザイナーからの手紙 「住宅を作るということ 第31回」
緑のこと その4
学生時代天空率とか圧迫感を扱う研究にかかわっていました。視環境工学といわれている分野で環境系というよりは計画系に入ると思います。当時そこでやっていたことが建築の計画やデザインにどう結びついていくのか正直よくわからずに、単純に作業をしているという記憶しかないのですが、最近になって当時行っていたことが今生きていると思えるようになってきました。
天空率というのは簡単に言うと空の広さがどれくらい確保されているかということを図る指標で、街路空間の明るさを直接的に測ることができる指標で都市の密集度がわかります。形態率をそのまま映しこめるSAPレンズという魚眼レンズで写真を撮影し、建物等で空がどれくらい切り取られているかを図ったものです。例えば草原の真ん中で視界を遮るものがない状態で測ると空しか見えないので天空率は100%ということになります。
*1986年に撮影した大手町の天空写真
当時写真をスキャンして自動的に面積を割り出すような道具はなく、そもそもまだデジカメさえない時代でしたから毎日暗室にこもって何百枚もの写真を100 c㎡(直径でいうと約12センチの円形です)になるように焼き付けてはプラニメーターという道具で空の大きさをはかり計測していました。天空率自体は20年前の建築基準法の改正のとき道路車線の代わりに天空率を用いて直接街路の明るさを計算すれば道路斜線からはみ出しても建物を設計できることになり、このおかげで建物は歪な形にならずに済むようになりました。画期的でした。暗室にこもっていた頃は個別に計算をするのはとても無理だったのですがパソコンの進化のおかげで法律として運用できるようなになりました。自分たちがやっていたことがのちに建築基準法の根拠として採用され、世の中の役に立てたようで、うれしかったのを覚えています。
また前置きが長くなりましたが、そんな一連の研究の中で卒論のタイトルは「市街地における緑化量の基準に関する研究」というもので、なんとなく直感的に当たり前だと思われるような話なのですが、空の代わりに同じ手法で見えている緑の量を測り、緑の量が多いと潤いや居心地の良さを感じることができるということを、数量的に裏付けるデータをとるようなものでした。当時この研究が設計とかデザインにどう関係するのかは全く見えておらず、冷めた目で見ていた部分もあるのですが、天空率とか緑の効果というようなことに関わっていたことが今になって住宅を作るということの意味を理解するうえで非常に役に立っている気がします。
建物の外観をどうにか整えてほしいと相談されることは多いという話は前にどこかで書いた気もしますが、どうすれば建物単体の形がかっこよくなるかという話ばかりに気を取られ妙に凝った形にする必要はなく、重要なことは建物と街路との間の空間や関係性をいかにデザインするかということで、これがうまくいけば街路にも潤いが生まれ、気持ちの良い街へ変わっていくのだと思います。ですから建物はなるべくシンプルに逆に建物の周りまで含めて考え、大きな樹の一本でも植えるスペースを生み出すことのほうがよっぽど良い結果が生まれるのにと思いながら答えていることが多いです。
住宅を作ることの一番の目的は独りよがりのかっこ良さではなく、変わらない気持ちの良さや居心地の良さを生み出すことにあると思っているので、建物と街路の間に両者をうまく結びつけ、お互いにストレスを感じないで済むような空間や装置は必ず必要で、どちらかというとそこが一番重要ではないとさえ思っています。そういう意味でも植栽の計画はデザインのかなり大きな要素なのですが、都市型の住宅の場合、実際は建物と街路の間の空間は狭くて計画はとても難しいことが多いです。今の日本の住宅地ではここのデザインが抜け落ちてしまっているものが多く、作り方の作法みたいなものも確立されていないまま個々の住宅が勝ってバラバラに作っている状態なので、アメリカの住宅地や密度が高くても美しい京都の町家のような統一感のある美しさは生まれてこないのだと思います。
この部分をうまく解決するデザインのキーワードとしてフロントヤード、アプローチ、カバードポーチ、ヘーベルハウスだと軒の間などと呼んでいるものがありますが、これらはみな街と住宅をうまくつなげるという同じ目的を持ったものだと解釈しています。これらはインターフェイスという言葉ですべてを包括してできると思います。インターフェイスを考えるうえで緑の存在は非常に大きく、多くの効果をもたらしてくれると思っています。
ちょっと視点を変えて海外の有名な住宅を見てみると、近代建築の巨匠といわれているライト、ミース、コルビュジエの代表的な住宅である落水荘、ファンズワース邸、サヴォワ邸はどれも街の中に建っているのではなく緑豊かな森の中に建っているので、ことさらインターフェイスとか樹を植えるということは考える必要もなく、もともとある樹木の中に家を建てているような様相なのでどんな建物が建っていても多分きれいに見えるのだと思います。ですからこれらと比較、参考にすることには意味はなさそうですが、実際に見るといかに樹木という引き立て役が重要なのかということはよくわかってきます。
*ル・コルビュジェが設計したサヴォア邸(フランス・パリ郊外ポワシー)
*ミース・ファン・デル・ローエが設計したファ-ンズワース邸(アメリカ・シカゴ郊外プラノ)
ただシカゴのオークパークにあるライトの住宅群は非常に豊かな街路樹に囲まれてはいますが森ではなくあくまで街なので、樹木の扱い方はとても参考になると思います。イメージ的には高級住宅地といわれている成城の街並みの街路幅をさらに広げて街路樹を大きくした感じです。ライトの仕事場兼住宅もこの中に建っていますが建物その物が美しいというより周りの樹木と建物が一体となった美しさを生み出しているという様子が非常にわかりやすく表現されています。
*フランク・ロイド・ライトが設計した自邸(アメリカ・シカゴ郊外オートパーク)
先に紹介した大学のときの研究の結果では緑地率は37%以上あると潤いのある空間になるという結論を出していますが数字にこだわる必要はなく例えば行政指導による基準値以上の量の樹木を植えるだけではない意味を考えたデザインをしたいものです。